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[2021/08/28] ビーチサッカー日本代表、史上初の決勝進出 /

令和3/皇紀2681年7月21日 先負 | 2021/08/29 22:39 更新
試合終了の映像に原口さんが!

準々決勝の激アツなタヒチ戦の興奮冷めやまぬ中、ビーチサッカー日本代表は日本時間の深夜、準決勝で、ブラジルを破って進出してきたセネガルと対戦した。

第1ピリオドはGK・河合選手のファインセーブも光り、互いに譲らず0−0のスコアレス。
第2ピリオド、日本は赤熊選手のオーバーヘッドシュートの際、相手FPが赤熊選手に触れてしまいファウル。PKを獲得。これを赤熊選手が冷静に決めて1点先制。
1−0のまま、第3ピリオドへ。
第3ピリオド、セネガルに流し込まれ、同点に追いつかれるが、第3ピリオドに強いのが日本代表。
ここから大場選手のゴラッソ・シザーズゴールで勝ち越すと、奥山選手、赤熊選手とオーバーヘッドゴール3連発! セネガルにその後1点返されるも、赤熊選手がハットトリックとなる3点目を上げて試合を決めた。

日本は5−2で勝利し、史上初の決勝進出を果たした。
決勝の相手はグループリーグで戦ったロシア。
グループリーグでは1−7で大敗したが、その時とは状況が違う。
グループリーグのリベンジを果たして、日本サッカー界、男子では全カテゴリーを通じて初のワールドカップを手にしてほしい!!
明日深夜、歴史が動く!


ビーチサッカーとの出会いは2015年。
その前にワールドカップを映像で観たりはしていたが、正直ビーチサッカーなんてほとんど知らないスポーツだった。

オルカのフロントスタッフを務めていた時、幕張ビーチで毎年行われているフェスの、ビーチサッカー・エキシビジョンマッチでよしもとサッカー芸人と対戦する企画に、オルカ鴨川FC(当時、千葉県サッカーリーグ1部所属)が招待され、出場したのがきっかけだ。
現在、関東ビーチサッカー連盟の理事長を務めている笛木さんがこのイベントを担当しており、事前の打ち合わせで初めてお会いしたのだが、その時うかがったビーチサッカーの話が私の心を鷲掴みにした。

海外ではビーチコートが海岸ではなく、街中にあり、そのまわりにはバーやレストランがある。
夜になるとそこに人々が集まり、酒を飲みながら、ご飯を食べながら、けたたましいDJとBGMでボルテージ最高潮の雰囲気の中で、ビーチサッカー観戦を楽しむ文化があるという。
思わず、鴨川でそんなことができたら、と想像したら、いてもたってもいられなくなった。

また、ビーチサッカーは足腰の強い日本人に合っており、男子のカテゴリーの中では一番最初にワールドカップを手にするかもしれない、と言われている、ともお話しされていた。
まさにそのことばがいま現実になろうとしているのだ。

当時、日本では男子ビーチサッカーは各地域にリーグが組織されつつあった頃だったが、女子ビーチサッカーは国内にほとんどチームもなく、もちろん公式戦など行われていない頃だった。
私はオルカにビーチサッカーのカテゴリーを組織することを考え、動いたのだが、ただでさえ、トップチームはこれからまさになでしこリーグ参入、さらに1部を目指さなければならない頃だったため、ビーチサッカーのカテゴリー創設など、夢のまた夢だった。
たられば、ではあるが、あの頃組織していれば、おそらくオルカの女子ビーチサッカーチームは間違いなく、国内トップのチームになったのではないかと思う。

オルカのホームゲームを運営していく中で、2016年、当時のユニフォームサプライヤーの御縁で、同じくそのメーカーが個人スポンサーを務めていた原口翔太郎選手との出会いをいただく。
これが後の SONNE Kamogawa B.S. の創設にもつながっていく。

2017年シーズンを以て、私はオルカのフロントを退くことになるが、ビーチサッカーへの夢は捨てきれず、2018年、自分の会社がスポンサーとなって、自分が監督・マネージャーを務め、SONNE Kamogawa B.S.を立ち上げた。
選手集めにも苦労したが、5月にお台場で行われたレキオス女子とのエキシビジョンマッチをきっかけに、徐々に選手を集め、同年10月に九十九里浜で行われたサバイバルカップへ出場。
その日初めてビーチサッカーをやる選手がほとんどの中、6戦戦って全敗ではあったが、チームとして一歩を刻んだ。

2019年3月には沖縄で行われた第1回地域チャンピオンズカップに出場。
この年、関東女子ビーチサッカーリーグの前哨となるプレリーグが行われ、SONNEは準優勝。
しかし、同年秋、主力選手の突如の移籍により、チームは一時解散。
再びゼロからチームを立て直すことになった。

2020年、チームを再び組織し、私が事務局となり、関東女子ビーチサッカーリーグを創設。
それまで横浜のTAKA FIELDに月数回練習に行っていたのだが、鴨川令徳高校にとんでもないスピード感でビーチコートが完成し、思いもよらぬかたちで活動拠点が生まれた。
毎週3回程度の練習を継続したことで、男女ともにメンバーが集まっていった。
関東女子ビーチサッカーリーグは最終ラウンドまで優勝争いに絡んだものの、結果は優勝チームと同勝ち点の4位に終わった。
そして、その秋、またもや東京・神奈川方面の選手が去ることになり、2021年、またまたゼロからチームを組織し始める。

2021年、女子チームはなんとか人数が集まり、また、男子も「OZEAN」としてチームを正式に組織し、関東男子ビーチサッカーリーグ2部に参戦した。

私がビーチサッカーに関わっているのは、もちろんそのスポーツそのものの楽しさがあるし、ビーチサッカーをやると気づくのだが、私のような中年、しかもサッカー未経験者であってもある程度はプレーすることができ、さらに砂の上なのでケガのリスクが低い。
実際、ビーチサッカー選手は30代や40代のベテラン選手も多く、選手寿命が長いのだ。

しかし、一番の理由は、ビーチサッカーは間違いなく、鴨川市において一つのコンテンツとして、スポーツの域を超えた、地域活性化の要素になると確信しているからだ。
ビーチサッカーというよりもビーチスポーツと言っても良いだろう。

なによりビーチサッカーにはエンターテイメント性がある。
そして、前述した観光・商業施設と併設することにより、スポーツだけでなく、人々の消費行動を喚起することができるわけである。
太平洋に面した鴨川市はビーチスポーツとの親和性も元々高い。

また、実はビーチサッカーはいまに始まったことではなく、鴨川市ではかつて千葉県サッカー協会のビーチサッカー大会が毎年海岸で行われており、数年前には観光イベントにビーチサッカーのエキシビジョンマッチを招待したりもしているのだ。
その中に今回の日本代表メンバーも含まれていたりする。

ビーチサッカーなんて趣味でしょ!?みたいに言っている人もいるとか、いないとか……。
もちろん趣味の部分もあるかもしれないが、私としては壮大な地域の夢を抱いて活動してきている。
そして、今回のワールドカップがその一つの大きな起爆剤、きっかけになるような気がする。
いよいよチャンスは巡ってきている!!


[WALK:7735]


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な・に・ぬ(na.ni.nu)について
いつも私の拙い日記にお付き合い、ありがとうございます。
おかげさまでこの日記(na.ni.nu)は [2001/10/10] パカッ! の記事以来、16年目を迎え、[2004/04/23] Wataruさんを囲む会 以降は毎日欠かさず記録してきました。(時々、かなりの連続投稿はありますが・笑)
その間、私の人生にもさまざまなことがありました。自分にとって、この日記は第一に自分自身が自分の歩みを忘れないようにするための記録であり、そのために各日記には一年前の同日の記事が表示されるようにもなっております。
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